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イギリス総選挙。

イギリスの総選挙は昨日投開票が行われ、野党第一党の保守党が勝利したが、単独過半数には届かなかった。これは36年ぶりのことだそうな。
あちらでは「ハング・パーラメント」(宙ぶらりんの議会)というそう。イギリス議会は二大政党制が続いており、どちらも過半数にいかない、というのはとても珍しいこと。
さて、じゃあ、その36年前はどうしたのかというと。

36年前……1974年2月の総選挙で労働党が第一党にはなったけれど、過半数にはいかず、第2党の保守党と第3党の自由党の連立交渉が決裂し、少数与党のまま内閣を組閣したけれど、結局この年の10月にもう一度選挙をやって、労働党が過半数を押さえた。

イギリスというと二大政党制発祥の国だけど、確か学校の授業では「トーリー党」と「ホイッグ党」という名前だったと記憶している。この党はいったいどうなったのか調べてみると、

まず、「保守党」は正式名称を「Conservative and Unionist Party」(保守統一党)といい、「トーリー党」はこの党の前身に当たる。今でも俗称として「トーリー」と呼ばれている。Toryとは「ならず者」とか「盗賊」という意味。なんでそんな名前なのかは、後述。

次に労働党。こちらは名前の通り、労働組合を基盤とした政党で1900年に結党。政権を取ったのは第二次大戦後。マルクス主義は薄いけれど、「ゆりかごから墓場まで」を謳った手厚い社会福祉政策にお金を使いすぎて、イギリスは深刻な不況に陥ってしまった(英国病という)。しかも、その改善のための施策を労組がストで妨害したために、イギリス国民が大憤激して選挙に大敗北、出てきたのが保守党の「鉄の女」サッチャーであった。サッチャーは鉄の意志で、民営化などの施策を断行、人気急落のときにはフォークランド戦争が勃発したため機動艦隊を派遣して、アルゼンチン軍を撃破して人気を回復させた。

話がそれた。

さて、二大政党のかげに隠れているもう1つの党が自由民主党。この党の前身が「ホイッグ党」である。Whigとは「馬泥棒」とか「謀反人」とかいう意味とのこと。

かつては、保守党と自由民主党が二大政党だったけれど、労働運動の伸長とともに、労働党が自民党を蹴落として、二大政党の片方の座に座るようになった。
イデオロギー的には中道左派なので、




左  労働党        自由民主党         保守党   右


という感じか。

さて、まず最初にホイッグとトーリーはなぜ生まれたかというと、1678年に遡る。日本だと江戸時代前期のこと。

イギリス国王はイギリス国教会という宗教組織の管主としての役割もあるのだけれど、時の国王チャールズ2世には子供がなかった(妾に産ませた子は14人もいたが、庶子には王位継承権はなかった)ため、後継は王の弟、ジェームズになるのが最も妥当だと思われたのだが、問題は、この弟がカトリックだったこと。

国王になれば、イギリス国教会のトップになるのに、それがカトリックの王でいいのか、という問題が勃発した。これについて、

べつにいいんじゃね? という人々がトーリー党(後の保守党)、

絶対アカン!! という人々がホイッグ党(後の自由民主党)

と呼ばれるようになった。

結局、弟は即位を果たし、ジェームズ2世となったけれど、親カトリックの宗教政策は国民や貴族たちの怒りを買い、王の甥であるオラニエ公を担いで、軍隊を上陸させ、王を追放した。これが名誉革命。追放された王はアイルランドに渡り、捲土重来を喫したが果たせずに67歳で死んだ。


今、調べるとするりと頭に入ってくるなあ。
授業のときはどうして左から右へ流れていったのだろう( ̄ー ̄)
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