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フラれた言葉。

女の子にフラれたときの言葉っていうのを思い出してみましたよ。
ちなみにそれほど数はありません。
別にフラれた数が少なかったというわけではなく、根性なしなので告白する回数が極端に少なかっただけ。いわゆる片思いのまま消滅してしまうことが大多数だったからです。



■ケース1■

11歳のとき。

「船橋くんは3番目に好き」。


最初に聞いたときに、フラれたと気づかなかった巧妙なお返事でした(涙)
恐るべし小5。

これは初めて女の子に気持ちを伝えたときだなあ。しかも半分強制的に(笑)
すごい緊張したので今でも覚えてますよ、このシーンは。

先生がなんかの用事で自習時間になり、男子のほとんどは運動場で遊んでたんですよね。でも、私はあまり外で遊ばない子だったので教室に残ってたのです。
んで、クラスの女子(Nちゃん)とダベってたのですが、ひょんなことから「好きな人おるの?」みたいな話になり、「何丁目に住んでる?」「背の高さは私と同じくらい?」とかいろいろ聞かれたわけです。実は尋問しているそのNちゃんが好きだったわけなんですが。

で、「ここ(教室)では言われへんわー」と言ったら、じゃあこっち来てって階段の踊り場に連れていかれさらに尋問。そのとき、もう一人の女の子がついてきてたんだけれど、「もしかしてNちゃんやないの?」とズバリ聞かれたもんだから思わず「うん…」と言ってしまった(笑)

その瞬間のNちゃんの顔。一瞬にして顔が真っ赤になって、両手で顔を覆って走っていってしまいました。これがかわいくてさらに惚れた(笑)

でも、その3日後、偶然下校が一緒になったときに言われたのが、


「船橋くんは3番目に好き」


だったわけです。根性なしの私は「3番目だったらオリンピックだったら銅メダルもらえるからいいか……」と妙な納得の仕方をしました。その後もその子とは普通に話してましたね。


■ケース2■

16歳のとき。

「船橋くんとは友達としてだったら」


極めてオーソドックスなお断りの返事でした。

雪のちらつく学校のピロティに呼び出して言ったんだけど、見事に玉砕。高校の同級生に告白したのはこの子だけだった。かわいいのに、男の噂もなく卒業してからの音信もないのだけれど、かなり後で、その子が在日韓国人で両親が「日本人と付き合う(男女交際のこと)なんてまかりならん」という厳しい人だったから、高校在学中は誰かと付き合うことができなかったと友達づてで聞きました。

■ケース3■

18歳のとき。

「弟みたいな感じだからちょっと考えられないの」


なんどかデートしてから万全の体制でアタックして玉砕。バイトしてたマクドで知り合った1つ年上の人でしたがダメでした。そのすぐあとにこの人はマクドの先輩と付き合い出しました。正直、私とは正反対のがっしりした体に男臭い感じの大学生だったので納得すると同時に自らの無力さに打ちひしがれました……。


■ケース4■

21歳のとき。

「船橋くんとはもういいや」


なんだよそれ、と言いたかったけど。
このコは(Aちゃんとしよう)大学の同級生(同学部だけど専攻が違う)。大学でも1年のころは「体育」の授業なんてものがあって、私はテニスを履修。そのときに知り合ったのだけれど、2年になり授業がなくなると会話することもなくなりました。
なんせ、あちらは英米文学専攻の華と言われていた美人さんでしたから。
ところが3年になり、私の友人の恋人の友人が、Aちゃんということがわかり、そこから再びつながりました。後期テスト前だったのでお決まりの「ノート貸して?」から始まり、「テスト終わったらどっか行く?」「うんいいよ〜」ってな感じでなんどか遊びに行って、まあその、何度かそういうことになったわけですが(わかるな?)、ある日、またまた遊びに行こうと思って電話したらこう言われてしまったわけです。


えーと、なにがいけなかったのでしょう(泣

Aちゃんは某外国航空会社のCAに就職、某国に引越していきました。

■ケース5■

30代半ば。


「そっちにある私のもの、送り返してくれる?」


いきなりでしたが、なぜかあまり惜しいという気持ちもなく。「ああ、そうですか」という感じでした。結婚するのはちょっと厳しい相手かなあと思っていたこともあったのですが。着替えとか書籍などをまとめて宅急便で送り返しておしまい。3年近くつきあってたにしてはあっさりした終わり方でした。


フリーになった私はこの2か月後に、今の奥さんとFF11というネットワークゲーム上でチャットという形で話をすることになり、さらに2か月後には北海道まで会いに行き、さらにその4か月後には一緒に住むことになるわけですから、人生なにがあるかわかりませんね。
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