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無条件降伏は戦争をどう変えたか

戦後生まれと教育を受けた私の世代では「戦争」というのは総力戦であり、無差別爆撃であるというイメージがあります。戦争というのはそういうものだと。
そしてポツダム宣言を受けて「無条件降伏」したというのも「当然のこと」のように感じていたのですが、そうではないというのがこの本の趣旨。

第一次大戦以前の戦争は、一般国民とは隔絶した戦地に軍隊が行って戦って負けたら、講和条件を話し合って、領土の割譲なり賠償金取って終わり。っていうのが基本でした。日清・日露戦争はこれに当たりますね。

ところが、第一次大戦で投入された空軍は第二次大戦のときには進化して都市爆撃ができるまでになってしまっていました。第一次大戦のときは複葉機だったのでせいぜい偵察くらいだったのですが。

戦争法規(ジュネーブ条約)というのもあり、それには「非戦闘員を殺傷してはならない」という項目もあるのですが、先の大戦は思いきりそれに違反しています。
それがあまり問題にならなかったのも無条件降伏というせいでもあるのでしょう。

米国の世論というのは「倒れるまでやっつけろ」というのが基本であり、戦争を起こしたのがまたもやドイツだったため、「徹底的にドイツを破壊して二度と戦争を起こさないようにする」という世論が沸騰したこと。
フランス領北アフリカに侵攻した米英軍が、現地のフランス軍(これはドイツ軍に協力していた)と話し合いの結果投降したのですが、かわりにそのフランス軍高官を現地の高等弁務官に起用したことが、米国世論の反発を買ったこと。(簡単にいうなら、ナチスの手先と手を組んだのか!! っていうアメリカ人っぽい単純な価値観ですね)

この問題から目をそらすために「無条件降伏」というのが持ち出されたというのが真相だそうです。

政府内には「そんな条件出したら、相手が余計に必至になるだけやんけ」という反対論もあったのですが、4選を果たしたルーズベルトは聞く耳もたなかったそうです。

しかし、ルーズベルトが病死してトルーマンになってから実質的には無条件降伏路線は変更されることになります。天皇の戦争責任を不問にして天皇制を残すというのが条件だったわけです。

ドイツ・イタリアともに開戦時の国家元首であるヒトラーやムッソリーニは死んだわけですが、昭和天皇は助かったのがなによりの証拠といえるでしょうか。

天皇を生かしておいてその力を流用したほうが軍の武力解除や占領統治がうまくいくと考えたのですが、まあそのほうが楽だったんでしょう。

しかし、現在の兵器は高性能化し、大量虐殺が簡単にできるようになってしまいました。戦争は起こらないほうがいいに決まってます。
しかし、某国のように「わがままな」支配者がいるのも現実。

どうすればいいんでしょうかね……。
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