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iPhone購入

2人で15000円の携帯代の圧縮と、まもなく2年使いボロボロになってきた携帯本体の更新を考えて、iPhoneの購入とSoftbankへのキャリア変更を決めました。


前日もいろいろ話をしていて私が「ソフトバンクの電波はちゃんとウチ入るのか」とか疑問点を聞いていたら、「そんなにいやなら、androidにすればいいじゃない」とケンカしたり。話はそれで終わったのですが、土曜の昼前にいきなり、「私、一人でもiPhoneに変えるから」「今日、あざみ野駅前にあるSoftbankの店に行く」と言い出したので、「あー、これは本気だな。今日で全部決まるな」と思いつつ、iPhoneに変更を決めました。

あざみ野駅前にあるSoftbankのショップへいき、料金プランを相談。料金的には二人で13000円程度に下がりそうです。また、基本料金980円が10か月分無料となるので、11000円くらいまで下げられると思われました。電話番号はそのままですが、キャリアが変わるためメルアドは変更になります。ちなみに電話番号を変えないため(MNP)に別に2500円程度かかります。また、手数料が2600円かかりますので、変わる月はよぶんな出費がかかります。さて、MNPの場合、まずauショップにてキャリア変更のための手続きをしないといけません。しかしあざみ野駅前は、実に都合がいいことに、道を挟んで向かいにauショップがあるのです。

auショップにて契約終了とキャリア変更を申し出ます。2問アンケートに答えました。2年しばり契約なので本来は解約料がかかりますが、月々のポイントがたくさんあり、そのぶんで精算。書類を受け取り再び道路を渡ってSoftbankショップへ。

iPhone4 32Gを購入。色は1つしかありません。

3月までに入ると無料で自宅で使える無線ルーターをもらえます。
自宅に光回線が来ている場合、これを介することで3Gのパケ通信ではなく、光回線でネットにつなぐことになるのです。料金の低減にもつながりますが、パケは定額制なので気分的なもの。それよりもやはり速さでしょう。

さまざまな説明を受けたあと、そのまま地下鉄に乗って港北のヤマダ電機へ。
iPhoneのケースなどを買いました。ここには子供の遊び場があって、ハロは居合わせた1歳年上の女の子と機嫌よく遊んでいました。
が、1時間の制限時間が来て帰ろうとすると号泣。悪者になって帰りました。

01.jpg















特典としてお父さんのタンブラー2つ、お父さんの喋るストラップは担当者さんがハロのためにくれたもの。ケースはストラップや液晶保護シートなどが一緒になったものを買いました。

さて、あとは慣れるだけなのですがとにかく入力方法が今までと違うので大変でした。電話帳の移行のためにiアプリをダウンロードしないといけないのですが、その段階でいろいろつっかかり(小さい「つ」や、英語の大文字の出し方さえわからなかった!)なんとかなったのは帰宅してから6時間後でした。


そんなわけでiPhoneになったためドラゴンハンターズから強制引退。
短いあいだでしたがお世話になりました。
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武士の家計簿

映画になった新書です。8年も前に出てたんですね。

で、読んだのですが、これが本当にとても面白い。日本史、近世社会を研究する学者が書いた本ですが、もともとの古文書は古書店から送られてきたカタログで見つけ、翌日札束を握りしめて買いに行ったとのこと。
それは、金沢藩の会計係を勤めていた猪山家の家計簿。

こういうものが残っているのはとても珍しく、しかも37年にわたって書きつづられてきたもので途中1年ほどの間はあくもののそれ以外は完ぺきに残っていました。

こういうものが残っていない理由は、武士の家はもともとどんぶり勘定で、家計簿などつけていなかったから。しかし、この家は金沢藩といういわば一つの国の会計を司る役所に勤めていたため、会計技術を持っていたこと、多額の借金をかかえていたのを家財を売り払い借金を圧縮し、また質素倹約のために家計簿をつけることにしたため、今日まで奇跡的に残ったと考えられています。


江戸時代、金勘定にまつわることに武士がつくことは嫌がられたのですが、金沢藩ではそうではなく、むしろ和算という日本の数学が発達したことで知られています。藩祖の前田利家もそろばんを携えて戦に行ったというぐらいだったので、そういう気風になったのでしょう。

猪山家はもともと陪臣(殿様の家来の家来)だったのが、直臣(殿様の直接の家来)に取り立てられ、しかも前田家が徳川将軍の娘を娶る際の購買責任者に任命され見事に役目を果たし、大出世を遂げます。そのまま姫付きの経理役をし、嫡男にも会計技術を教えて同じ役職に。


明治維新のときには金沢藩はいったんは幕府側につき、京都へ進軍。このときの兵站責任者も猪山家でしたが、鳥羽伏見の戦いで幕府軍が敗北すると、金沢へ引き上げたのち、幕府に降伏します。
そのとき、新政府軍から猪山家は呼び出されました。新政府軍には猪山家が持っているような会計や兵站の技術をもっているものが欠乏しており、召しだされたわけです。

その後、明治政府の海軍の主計として猪山家は大出世を遂げます。


江戸時代の猪山家も家来一人と下女一人を抱える家ではありましたが、下級武士でした。現在の貨幣価値にして年収は1200万ほどはあったのですが、武士が武士たることをアピールするために支出するお金がとんでもなくかかり、この時代の武士は困窮していたのです(盆暮れや仏事、同僚とのつきあいにものすごい額を使っていた)

明治政府の官僚となった猪山家の年収は今の価値で3700万に跳ね上がり、裕福な家となりました。

しかし、同じく海軍に入った息子は日露戦争のときに自殺、娘婿はシーメンス事件(ドイツのシーメンス社が海軍に贈賄した事件)で逮捕されるなど、浮沈もあったようでした。
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