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バルチック艦隊―日本海海戦までの航跡

バルチック艦隊とその母港リバウが創設・建設されたいきさつをロシア宮廷内部の動きから説き起こしてつづっている。
元々、リバウではなくムルマンスク(現ロシア海軍の重要拠点)に港を作る予定だった。メキシコ湾流のおかげでここは北極圏内でも凍らない港であったのだが、リバウはデンマークとスウェーデン間の海峡が封鎖されると大西洋に出られないからである。
しかし、時の皇帝が死去しいつのまにかリバウ母港のバルト艦隊が作られていくこととなる。

バルティック艦隊は戦艦の数は多いが速度が遅く、大航海をしてきたため船底にふじつぼなどが付着してさらに速度低下を招いていた。日英同盟のせいで各地で石炭の補給ができず時間が無駄にかかり船員の疲労を招いた。一度の補給で大量の石炭を積み込んだので喫水が下がり、主砲が撃ちにくかった。訓練をする時間さえなかった。

という状態だったので、日本の連合艦隊に壊滅させられた。

しかし日本は史上最大の国難、日露戦争に勝ったことで増長し、第二次大戦への破滅を転がり落ちていくことになる。
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