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新ブログURL

新しいブログ「Go on and on 2」のURLは、

http://onshore.x0.com/blog3/

です。

今後ともよろしくお願いします。
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今すぐ禁煙をしたら。

これは「今すぐ」禁煙をしたら、体にどんな変化が現れるかを現したもの。

smoletimelines.jpg
























* 20分後:血圧の数値がノーマル範囲に戻る。
* 8時間後:血液中の一酸化炭素(有毒ガス)値が半分になり、酸素レベルがノーマル範囲に戻る。
* 48時間後:心臓麻痺の確率が減少。ニコチンが完全に体内から抜ける。味覚や嗅覚が平常に戻る。
* 72時間後:気管支がリラックスし、 エネルギーレベルが上昇する。
* 2週間後:循環器の機能が上昇し、以後10週間にわたり改善し続ける。
* 3〜9ヵ月後:咳、喘息など呼吸器系のトラブルが解消し、肺活量が10%程度向上する。
* 1年後:心臓麻痺のリスクが半分に減少する。
* 5年後:脳卒中のリスクがノンスモーカーと同じレベルまで戻る。
* 10年後:肺ガンのリスクがノンスモーカーと同じレベルまで戻る。
* 15年後:心臓麻痺のリスクがノンスモーカーと同じレベルまで戻る。


私は禁煙して5年なので、脳卒中リスクがノンスモーカーと同じレベルになったということですね。あと10年で肺がんや心臓麻痺のリスクもなくなるとのこと。
辞めてよかった。
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山手線

降りたことある駅シリーズ。
それにしても最初に上京したときに「どうして環状線って名前にしないんだろう」と大阪出身の私は心底不思議でした。

東京…あり。奥さんの何度目かの誕生日は丸ビル上層のレストランでした。
神田…あり。確か、天下一品神田店に行くため。
秋葉原…あり。いろんな目的で。
御徒町…あり。アメ横行ったとき。
上野…常磐線の特急に乗ったことがある。
鴬谷…あり。理由は黒歴史時代(爆
日暮里…あり。奥さんに付き合って布を買いに行ったかな。
西日暮里…なし。
田端…なし。
駒込…あり。仕事先があった。
巣鴨…あり。とげぬき地蔵見学。
大塚…あり。仕事先があった。
池袋…あり。とはいっても新宿・渋谷に比べると遥かに少ない数。おそらく今までで20回も降りていない。
目白…あり。一度だけ近所に住んでいた弟と待ち合わせ。
高田馬場…あり。天下一品早稲田店攻略のため。
新大久保…なし。新宿から歩けるし。
新宿…あり。いろんな用事で。
代々木…あり。編集時代の仕事だったかなあ。
原宿…あり。いろんな用事で。
渋谷…あり。ホームポイントです。
恵比寿…あり。ガーデンプレイスとか。
目黒…あり。以前、白金台に会社があったため。
五反田…あり。編集の仕事で。
大崎…なし。
品川…あり。甲斐よしひろのライブのため。
田町…あり。近くにLiveリハ用のスタジオがある。
浜松町…あり。モノレール乗り換えと営業時代の得意先があった。
新橋…あり。ゆりかもめ乗り換え。
有楽町…あり。有楽町線乗り換え。
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大阪環状線

降りたことある駅。

大阪…ある。
福島…ない。
野田…ない。
西九条…ない。
弁天町…ある。交通科学館へ行ったとき。幼稚園のときに初めて行って、「この世にこんな楽園があるのか」と心底感動した。
大正…ある。祖父宅がある。
芦原橋…ない。
今宮…ある。
新今宮…ある。
天王寺…ある。
寺田町…ない。
桃谷…ある。以前、父が仕事をしていた取引先があった。
鶴橋…ある。
玉造…ある。
森ノ宮…ある。
大阪城公園…ある。
京橋…ある。
桜ノ宮…ある。
天満…ある。
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我々は火星人である。

先日の「コズミックフロント」で、出ていた話。
さまざまな計算から、地球は生命が誕生したと言われている38億年まえは、大陸がほとんどない、すべてが海で覆われた星であった可能性が高いという。
それに比べて火星は大陸と海を持つ惑星で、この環境の方が生命が誕生する確率が遥かに高いという。

なので、火星で誕生した生命が地球に移動してきたのではないか、という説がある。
移動といってもロケットで、なんていうことはなく、隕石となって移動してくるのである。

この説のネックは3つ。

・火星に落下した隕石の衝撃で、吹きあがる火星産の隕石が、そう簡単に地球に落下するものか?

→南極でたくさんの火星産隕石が見つかっているように、今よりもまだまだ微惑星が多かった時代なので、かなり頻繁に火星から地球へと隕石が飛来することが計算でわかっているとのこと。

・火星から地球への移動は最短1万年から10万年ほどかかると見積もられているが、宇宙放射線などで死滅しないのか

→岩石中に冬眠、もしくはフリーズドライ状態で休眠したままだと、十分に放射線を避けることができる。

・地球大気圏への再突入のときに燃え尽きないのか。
→実験に寄ると表面温度は6000度ほどにもなるが、そのわずか10cm下では15-20度くらいにしかならず、まったく問題ない。


というわけで、現在では「火星で生まれた生命が、地球に移動してきて進化した」という説が大真面目に研究されているという。

だとしたら、私たちは火星人ということになる……。
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国歌いろいろ

五輪の表彰式ではいろんな国の国歌が流れます。
日本国歌の「君が代」は、世界の国歌でも最も短い歌の一つ。
戦後、日の丸とともにいろんな議論がありますが、私はこのメロディーは好きですし、歌詞はもともと平安時代の和歌。なんの問題もないと思います。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

あなたの治世は はてしなく続く 小さな石が集まり 大きな岩となって その上をこけがびっしりと生えるまで

意味的にはまあ、こんなところでしょう。

国歌といえば英国国歌「God Save The Queen」はかなり古い曲であり、スイス、ドイツ、ロシア、アメリカはこのメロディーに独自の歌詞を載せて国歌としていた時期がありますし、リヒテンシュタインの国歌は現在でも同じメロディーです。

God save our gracious Queen,Long live our noble Queen,
God save the Queen:
Send her victorious,Happy and glorious,
Long to reign over us,
God save the Queen.

神よ我らが慈悲深き女王を守りたまえ 我らが気高き女王よとこしへにあれ、
神よ女王を守りたまへ
君に勝利を 幸福を栄光をたまはせ
御世の長からむことを
神よ女王を守りたまへ


君が代と似た印象があります。

さて、次はアメリカ。
アメリカ国歌は「星条旗」というタイトル。「星条旗よ、永遠なれ」は別の曲なので注意。「星条旗」は米英戦争の時に英軍艦隊に夜間攻撃を受けた米軍の砦の上に星条旗が翻っているのを見た弁護士が一夜で書きあげた詩で元になっています。

Oh, say can you see, by the dawn's early light
What so proudly we hailed at the twilight's last gleaming?

Whose broad stripes and bright stars, through the perilous fight.
O'er the ramparts we watched were so gallantly streaming?

And the rockets' red glare, the bombs bursting in air,
Gave proof through the night that our flag was still there,

Oh, say does that star-spangled banner yet wave.
O'er the land of the free and the home of the brave!

おお、見えるだろうか、夜明けの薄明かりの中
我々は誇り高く声高に叫ぶ 危難の中、城壁の上に
雄々しく翻る 太き縞に輝く星々を我々は目にした

砲弾が赤く光を放ち宙で炸裂する中 我等の旗は夜通し翻っていた
ああ、星条旗はまだたなびいているか? 自由の地 勇者の故郷の上に!

こんな感じ。戦争のときに作られた愛唱歌や軍歌がそのまま国歌になるのは、よくある例で、有名なのはフランス国歌「ラ・マルセイエーズ」。

Allons enfants de la Patrie,Le jour de gloire est arrivé !
Contre nous de la tyrannie,
L'étendard sanglant est levé, L'étendard sanglant est levé,
Entendez-vous dans les campagnes Mugir ces féroces soldats ?
Ils viennent jusque dans vos bras Égorger vos fils, vos compagnes !
Aux armes, citoyens,Formez vos bataillons,
Marchons, marchons !
Qu'un sang impur Abreuve nos sillons !

進め 祖国の子らよ 栄光の日は来た!
我らに向かって 暴君の
血塗られた旗が 掲げられた 血塗られた旗が 掲げられた
聞こえるか? 戦場の 獰猛な敵兵の咆哮が
奴らは君らの元に来る 君らの子と妻の 喉を掻ききるために!
市民らよ 武器を取れ 隊列を組め
進め! 進め!
敵の汚れた血で 我らの畑の畝を満たすまで!

エグい歌詞ですな。
まあ、この歌はフランス革命のときに、革命をつぶす目的で諸外国がフランスへ出兵するという知らせを聞いた工兵大尉が一夜で作ったといいます。同じように戦争のときにできた国歌は中国のものも。タイトルは「義勇軍行進曲」。

起來!不願做奴隸的人們! 把我們的血肉、築成我們新的長城!
中華民族到了最危險的時候、每個人被迫著發出最後的吼聲。
起來!起來!起來! 我們萬眾一心、
冒著敵人的炮火、前進! 冒著敵人的炮火、前進!
前進!前進!進!

起て!奴隷となることを望まぬ人びとよ! 我らが血肉で築こう新たな長城を!
中華民族に最大の危機せまる、 一人ひとりが最後の雄叫びをあげる時だ。
起て!起て!起て! 我々すべてが心を一つにして、
敵の砲火をついて進め! 敵の砲火をついて進め!
進め!進め!進め!

元は1935年の作られた抗日映画の主題歌。作曲したニエ・アルはその後日本に亡命しましたが、鵠沼海岸で水死。現在、その場所には記念碑が建てられています。

こんなふうに国歌の歌詞は血なまぐさいものが多いです。ドイツはどうかなと調べてみると。


Einigkeit und Recht und Freiheit Für das deutsche Vaterland!
Danach lasst uns alle streben Brüderlich mit Herz und Hand!
Einigkeit und Recht und Freiheit Sind des Glückes Unterpfand
Blüh' im Glanze dieses Glückes, Blühe, deutsches Vaterland!


統一と正義と自由を 父なる祖国ドイツの為に
その為に我らは挙げて兄弟の如く 心と手を携えて努力しようではないか
統一と正義と自由は 幸福の証である
その幸福の光の中で栄えよ 父なる祖国ドイツ

割と普通。でも、これには裏がありました。この歌詞は3番なのです。
1番の歌詞はこんな感じ。

Deutschland, Deutschland über alles,Über alles in der Welt,
Wenn es stets zu Schutz und Trutze Brüderlich zusammenhält.
Von der Maas bis an die Memel,Von der Etsch bis an den Belt,
Deutschland, Deutschland über alles,Über alles in der Welt!

ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ
この世のすべてのものの上にあれ
護るにあたりて
兄弟のような団結があるならば
マース川からメーメル川まで エチュ川からベルト海峡まで
ドイツよ、ドイツよ、すべてのものの上にあれ
この世のすべてのものの上にあれ

真ん中あたりがいかにもヤバそうです(笑)
マース川は今のベルギーからオランダを流れている川で、かつての「神聖ローマ帝国」のフランスとの国境線でした。
メーメル川はリトアニアとロシア領カリーニングラードを流れる川で、かつての東プロイセンの国境でした。

エチュ川とはイタリア北部の川でアディジェ川と呼ばれており、以前はオーストリア帝国の南の国境でした。

ベルト海峡とは今のデンマークにある海峡で、ユトランド半島とフュン島の間にあります。別名リレ海峡。

と、まあ、かつての最大版図を思い切り書いてあるわけで、現在はこの1番は使われておらず、人前であからさまにこの1番を歌うとネオナチ認定となるそうな。

しかし、この歌詞が出来たときはまた、ドイツ帝国は生まれておらず、ドイツはたくさんの領邦で構成された地域でした。そのことに胸を痛めた詩人で大学教授だったホフマンが「同じ言葉を話す人々がいつの統一された国民になったらいいな」という願いを込めて書かれたものであり、今の世界情勢とはちょっと違うというところに留意すべきでしょう。
さて、私の母校の校歌も同じようないきさつで「なかったことにされている」2番があります。

1番の歌詞は

あかき血潮 胸に満ちて 若人 真理(まこと)の泉を汲みつ
仰げば比叡 千古のみどり 伏す目に清しや 鴨の流れの
かがみもとうとし 天の明命 見よ わが母校 立命 立命

まあ、とくに問題はないところです。

しかし、2番は。

見よやみどり とわの映えは あふぐもかしこき 平安の御所
よき師友どち 和みてここに 契ひて結べる 
「禁衛」「立命」 躍進日本の輝きを得る 見よ 我が母校 立命 立命

禁衛ですよ、禁衛!!
これは以前、立命館がどこにあったのかを知る必要があります。
今は京都市の北西部と滋賀の草津市にキャンパスがありますが、それ以前のキャンパスは京都市の広小路というところにありました。今の京都府医科大学のあるあたりです。
そして、ここは京都御所の隣。というわけで、「いざとなったら禁衛(近衛のこと。天皇直属部隊)として陛下をお守りせよ」という意味がこもった歌詞なのです。

今はどうだか知りませんが、私が通っていたころは母校は左翼色がものすごく強かったのですが、戦前は国家主義に染まったかなり右翼色の強い学校だったのです。元々が元老・西園寺公望の私塾が源流で、西園寺の秘書が創立した学校だったのでしょうがないかもしれませんが。しかし、滝川事件で京大を追われた教授たちを受け入れるなど、リベラルな一面もありました。

さて、戦争に負けて、立命館は微妙な立場に置かれました。GHQでは「解体すべき国家主義的大学」にリストアップされたほど。しかし、戦後に総長になった末川博士の改革や、朝鮮戦争の勃発によって、話はうやむやになり、今日に至っています。戦後に左翼色が強くなったのは、戦前の右翼色の揺れ戻しなのではないでしょうか。
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ダウンタウン浜田の息子。

OKAMOTO'Sっていうバンドがいます。
4人組、全員男。

こいつら。

okamotos.jpg

















左下の「ハマ・オカモト」っていうのが、

ダウンタウンの浜田の息子です。
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Twitterのブロックとは。

営業アカからフォローされると問答無用でブロックする私ですが、ブロックしたからといって、自分のツイートがその人に見られないというわけではない。
ブロックすると、

1.相手が自分をフォローできない (むろんDMも送れない)
2.相手が自分をリストに入れられない
3.自分が第三者に送ったメンションが見れない

これだけ。 もしフォローしている状態だと、フォローは解除されるし、リストからも外れてしまう。

しかし、例えば私が奥さんにブロックされたとしても、奥さんのアカを検索すれば非公開にしてない限りツイートの中身は見れるし、そもそもアカウントに対してのブロックなので、ログアウトしてアカウント外から見ればいいだけ。

Twitterのブロックとは、自分の視界に目障りな人が入らないようにするだけの機能しかない。自分の発言を見られたくなければ、非公開にするしかない。そもそも、Twitterには「自分の発言を見せない」という思想がないからだ。

さて、ブロックボタンの横にスパムとして報告ボタンがある。これを押されるとある一定の数がたまるとアカウントが凍結されるという噂。因みにブロックも同時に行われる。
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公明党出身の民主党議員。

最近よくテレビで「小沢側近」として出てくる東祥三氏はもともと公明党の議員だった。創価大学・院を卒業後、国連難民高等弁務官事務所に勤務ののち、公明党から出馬、4回当選ののち、公明党が新進党に参加。
この時代、旧公明党内は親小沢と反小沢に分かれ、新進党が解党して小沢が自由党を結党すると、7人もの旧公明党議員が参加した。しかし、1年後に公明党が再結党されるとそのうちの5人が自由党を離党して参加。残った2人のうちの一人が東祥三だ(もう一人は二見伸明。引退済)


宗教政党として結束力が強いのかと思っていたら、やはり内部ではこういうことが起こっていた。ちなみに創価学会のいいなり政党と見られがちだが、必ずしもそうではなく「創公対立」があることが複数の書籍で明らかにされている。
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おんなのちから

ご存知のとおり、私は中学生のころから音楽三昧でギターを弾き、自分で作詞作曲し、大学ではバンドを組んだりして、今はレコード会社に勤めております。

では、その原点とはなにか。


それは小学校5年の秋でした。
そのころの私は音楽には人並みにしか関心のない子供でした。
親が見ている音楽番組を一緒に見ている、という程度で、ヒットチャートの曲は知っている、という感じでした。


頃はフォークからニュー・ミュージックの勃興期。
一番最初に売れたのは「アリス」でした。
谷村新司、堀内孝雄の名を聞けば、30代以降の人は「おじさん」認定だと思うのですが、この時期はナウイ(死語)若者の最前線音楽だったのです。

同級生だったSちゃんは当時大好きな女の子。その子にさらりと言われた一言でした。

「船橋くん、アリスのことどう思う? ……あ、そうか、船橋くんは、そういうの知らないんだよね」

当時の私は簡単に言うと「ガリ勉」。勉強はまあまあできました。
だから、そういうふうに言われる……見下されるような物言いをされたのは初めてだったのです。

大好きなSちゃんがいう「アリス」とはなんぞや?
ガリ勉な私はまずは当時人気だったMBSヤングタウン(ラジオ番組)を聞くようにし、「明星」(当時のアイドル雑誌)を購入し、それこそ、当時の音楽を「勉強」したのです。

ギターを買い、我流で勉強して、明星の付録の歌本で練習して、いつのまにかSちゃんがどう、というのではなくて、自らがどっぷりと音楽の世界にはまっていくことになりました。

谷村新司の言葉。
「女の子にモテたいからギターを始めた」

私も同じです!!!

不遇だった青春時代の気持ちをいくつもの歌詞に昇華して、曲をつけて歌っていました。

それが元で今、この会社にいるなんて、恥ずかしくて言えません(言ってます)
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